HFモービル

必要な設備

 世界各国のアマチュア無線家と交信を楽しむのに、大きな出力と高いアンテナが必要だとはかぎらない。もちろん設備やアンテナが立派なのに越したことはないが、電離層の状態がよい場合は、車に取り付けたわずか2メートル足らずのアンテナと、小 さな出力で、車から全世界のどことでも交信が可能である。写真に見えているのが実際に私が使用している無線局の外観である。無線機の出力は50ワット、アンテナは車の後ろに見えている垂直の短かいホイップアンテナ。たったこれだけの設備で、電波は日本国内だけではなく、ヨーロッパやアメリカにまで到達していく。wagen

 必要なものはもちろん無線機とアンテナである。HFモービル運用では、7メガヘルツから28メガヘルツまでの周波数帯を使用する。資格は第3級の免許があれば十分。第3級の資格で、モービルに許されている最高出力である50ワットで運用することが可能だからだ。もちろん第4級の資格でも電波は弱くなるが、実用上問題はほとんどない。

 無線機は、近年安価で性能の良いものがたくさん出回っている。非常にコンパクトで多くの機能が付属している。価格は新品で14~15万円くらい。もし中古の機種でよいのなら、インターネットで5万円ほどで手に入れることも可能である。アンテナは電波の出 入り口となるので重要である。いくつかのメーカーから車載用のアンテナが発売されており、一本のアンテナで多くの周波数に同時にでられるものも多い。だいたい1万5千円くらいで手に入る。私はコメットのCA-HVを使用しているが、これ一本で3~4の周波数帯に出ることができ、重宝するアンテナである。経験からいって、アンテナ自身の強度は弱くなるが、アンテナの頂上部にコイルが入っているものがよく飛ぶように感じている。アンテナを取り付けるときは、できる限り車の上部に取り付けるのがコツである。アンテナの取り付け位置によって、電波の強さやアンテナの性能が変わってくる。その他にアンテナを車に固定するためのアンテナ基台やアンテナケーブル、両手を離して運用できるモービルマイクなどが必要である。電源はシガープラグを利用することもできるが、ヒューズボックスやバッテリーから直接とった方が賢明だといえる。
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運用場所

 モービル運用で一番大切なのが、運用場所である。そしてまたどこからでも運用できるのがモービルの魅力といえる。大きなアンテナと高い出力の局は確かに強力な電波を世界各国に送り込んでいるが、その人たちでも、自分のアンテナの位置をその時々に変えることができない。モービルだと自由自在に自分の居場所を変えることができるので、アメリカによく飛ぶ場所、ヨーロッパによく飛ぶ場所を覚えておいて好きなときに移動することができる。電波がよく飛ぶ場所としては、一般的に水辺、周りが開けた丘の上や山の上、周囲に何もない田園地帯などがあげられている。私の住んでいる河内長野では、たくさん山や丘があるので、その頂上や頂上付近から運用することが多い。

運用時間

 世界各国と交信できると聞いてアマチュア無線を始めたけれども、どこも聞こえないし、どことも交信できない、といって結局アマチュア無線をやめてしまう人がいる。アマチュア無線の電波は世界中どこにでも飛んでいくのは事実だが、いつでもどこへでも自分の思うとおりのところに電波が伝搬していくわけではない。それは、ラジオの国際放送でも24時間中は強力に入ってこないことからも明らか。HFモービルで使用する短波は、地上約300キロメートルの所にある電離層で反射されて伝搬していく。そして電離層の状態は、昼夜、季節によって変化する。日によってもずいぶん差がある。交信を成功させるためには、この電離層の状態を大ざっぱに把握している必要がある。たとえば、アメリカと交信したいのであれば早朝から午前中が狙い目で、ヨーロッパなら夕方から夜にかけてが狙い目となる。真昼にこれらの地域と交信をしようと思ってもかなり運が良くない限り、不可能といえる。電波の伝搬する可能性のある時間を選ぶことによって、自分の望む地域との交信が可能となる。

太陽活動とコンディション

 電離層の状態は長期的に見ると11年サイクルで変化している。そして電離層の状態が活発な時期は3年程度続く。さきのサイクルのピークは1996年から2000年にかけてで、サイクル23と呼ばれた。太陽活動が活発で盛んに黒点が発生しているときが状態がよい。1954年がピークのサイクル19は伝説的なサイクルで、わずかな電力と貧弱なアンテナでどことでも交信できたらしい。残念ながら私はまだこの世に登場してきたたばかりで、何も知らない。サイクル20の終わりになってようやくハムを始めたが、サイクル20はあまりパッとしなかった。サイクル21と22は非常に太陽活動が活発で、一日中どこかの外国局が入感していた。

 サイクル23は、それほど活発なサイクルではなかったが、世界のアマチュア局の使用する無線機の性能が格段に良くなり、ノイズにまみれた微弱な信号でも受信できるようになった。アンテナも固定局では、指向性をもった大きな八木アンテナが主流になり、弱い信号も楽々聞き取れるようになった。そのため他のサイクルと比べ太陽活動が低調な割には、交信は楽になり、モービル局でも簡単に外国局と交信できるようになっていた。

 現在のサイクル24は、サイクル19なみの傑出したサイクルになるとの予測であった。あまりにも太陽活動が活発になりすぎて、外国のテレビ局の電波が混信を引き起こすという噂もあった。ピークが2011年くらいだと言われていた。しかし、残念ながらこの予想は外れた。サイクル24のピークは2013年。太陽の活動状況をあらわす黒点数も、サイクル23と較べて少ない。それでも、世界のアマチュア局の無線機とアンテナの水準が上がってきているため、交信は容易になった。2014年、私はセレナから新しい小型車に乗り換えたため、いまだモービル設備を装備していないが、時折固定局から外国のモービル局と交信することもある。先日もアブダビのモービル局と交信することができた。いずれにせよ、モービル運用は、新しい可能性を秘めたわくわくするような無線形態なのである。

モービル運用の実際

 私は1985年からHFモービルを運用しているが、サイクル23のピークには自動車で通勤していたので、職場までの行き帰りの途中がモービル運用の主な時間となった。当時の無線機はTS690、そして1999年からはFT100。アンテナはずっとコメットのCA-HVである。朝に電波を出すことは少なく、おもに夕方に運用していた。夕方の時間なので相手はヨーロッパの局が多かったが、聞こえてくるところとは、だいたいどことでも交信できた。コンディションの良いときには、一時間足らずの間にスロベニア、ラトビア、そして2人のオーストリア(ヨーロッパ)の局と話すこともあった。ヨーロッパの同じ相手と20分近くおしゃべりを楽しんだこともある。2000年は、サイクル23のピークの年だといわれてきた。しかし、期待したほどコンディションが上がらなかった。太陽黒点数は100くらいか。それでも2000年度の秋までで、56カントリーと交信できた。28メガでも、ヨーロッパの奥深い局が入感していた。体験的に言って、電離層の状態が良い時は、運用の場所さえ選べば、だいたい50ワットにダイポールの平地の局と同じくらい飛んでいるように思うし、「いくら呼んでも交信してもらえない」ということはない。

 その手軽さと、手軽さのわりによく電波が飛ぶこともあって、20世紀の終わりの10年間くらいは、日本でもHFモービルの数はどんどん増えてきた時期に当たる。外国でもアメリカやヨーロッパには多くのモービルハムが活躍していた。モービル同士の交信も珍しくなく、私もイギリスのモービル局とモービル同士で交信したことがある。

家を出て車に乗ろう

 以前、公団住宅に住んでいた。一番電波の飛びやすい5階建ての5階に住んでいたのだが、アンテナが自由にたてられなかったせいもあって、どことでも交信できるというわけには行かなかった。非常に多くの局が入感しているのに、こちらの電波はほとんど届いていないということもあり、そんな時はフラストレーションがたまった。そこで、家で聞いていて電波伝搬の状況がよいときには、車に乗りかえて、開けた場所から運用することも多かったように思う。そこでは、存分に無線を楽しむことができた。もちろん車のノイズやアンテナの短かさゆえに、かすかな信号は受信できないのだが、かえって受信できないことで呼びかけが空振りに終わることも少なく、フラストレーションはさほどたまらない。モービルでは送信能力と受信能力とのバランスがよいように思う。

 ロケーションの良くないところにお住すまいの方や、マンションにお住まいの方も多い。また敷地の関係上アンテナを建てるのに不便なところもある。テレビに妨害が入ることがあるかもしれない。そのような場合どのようにしてアマチュア無線を楽しんだらいいのだろうか。現在ではVoIPによる疑似交信も可能である。しかし、私はその解決策の一つがHFモービルだと思う。私たちすべてが山の上に無線室を構えられるとは限らないが、モービルならば車のいけるところ、どこでもが無線室となる。山の上でも水辺でも自由に電波を出すことができる。小さな無線機に小さなアンテナ、そんな設備でもHFモービルの電波は大きく地球上を飛び回っている。

6大陸の交信証

 サイクル23の時にモービルで交信した6大陸(アジア・北アメリカ・南アメリカ・アフリカ・ヨーロッパ・オセアニア)のQSLカードである。アフリカが一番難しく、6大陸では最後となった。image2image4image1image3